皆さまお久しぶりです。更新が空いてしまい大変失礼しました。これからまた元気に連載していきますのでよろしくお願いします♩
前回の記事までは私の父と祖父の闘病・介護に関して語って来ました。この後も母の闘病生活・現在にも至る祖母の介護、と介護生活はまだまだ続いていきます。
しかし一度私の経験は置いておき、私が父と祖父の介護を通して一番後悔している事、そしてその事から介護美容というお仕事に就いた想いを綴っていこうと思います。
私の1番の後悔、写真が無い
父と祖父の介護を通じて私が一番後悔していること。それは『闘病中の写真が無い』ことです。携帯やアルバムを見返しても父と祖父の写真は昔の物ばかりで、病気になってからの写真は2人合わせても数枚しかありません。学業と両立をしながら介護をしていたので、勿論時間や余裕が無かったというのはあります。でもそれは言い訳であって、私は写真を撮る事を避けていました。
それは何故かー。敢えて酷い言い方をしますと『父も祖父もとても写真を残せるような姿では無かった』からです。
長きに渡る闘病、そして入院生活。毎日思うように入れないお風呂、小綺麗にしていた髪の毛も染める事も出来ずあっという間に白髪に、そしてどんどん痩せ細っていく体。そう、私はそれを残したく無かった。あまりにも変わり果ててしまった姿に、いつまで経っても現実を受け入れる事が出来ませんでした。そして2人とも写真を撮る事が嫌なのではないか、こんな姿を記録に残すのは残酷な事かもしれない。そう思ってずっと避けていました。
‥でも今はその事をとても後悔しています。
2人の生きた証は、私達家族の頭の中にしか残っていない。それはどんなに悲しい事でしょうか。

どんな姿でも生きた証を
就職して気持ちの整理も落ち着いた頃、昔の写真を整理していました。するとどうでしょう、2人の闘病中の写真が数枚しかない。私は酷い後悔と共に、そこはかとなく怖い気持ちになりました。写真が無いという事はその間の二人との思い出は自分の頭の中にしか無い。今はまだ若いですが、これから歳を重ねていくとどうなるか。
ー忘れてしまうかもしれない。
もし忘れてしまったら。どんなに辛くても、生と死と向き合って来た『2人の生きた想い』はどうなるのか。もし皆忘れてしまったら、かけがえのない『生きた証』はどこに残るのか。
そしてもう一つ悲しい事に、当時私も辛かったからこそ、思い出にモヤがかかったようにその時の事を鮮明には思い出す事が出来ません。そう、そこは記録の残らない『霧のかかった空白の6年間』私の人生の中で最も大変で尊い時期だったのに、スポっと思い出が抜け落ちてしまっているような喪失感に今も苦しまされています。
しかし今過去に戻れたとて、私はこの後悔を踏まえて写真を沢山残すだろうか?
ー答えはNO寄りのYES。
やはり残すという事は、変わり果てた姿を記憶に焼き付けるという事。今は全てを受け入れていますが、当時私は高校・大学生と精神的にも弱かった時期。とても二人の前でシャッターを切る勇気は無かったでしょう。ではどうしたら良かったのか。今の私の中の答えこそが『介護美容』でした。

美容ケアでその人らしく生きた証を残したい
当時はまだ学生の身だったという事もあり、介護はあまりに厳しく辛いものでした。なので当然『整容ケア』という言葉すら聞いた事がありません。そもそも闘病により『その人らしさが失われてしまっている』という事も感覚では分かっていても、言葉に出来る程明確には理解していませんでした。もしあの時その言葉を知っていたら、整容ケアで少しでも昔の父や祖父に戻れたかもしれない。ちょっと髪を整えたり、私にも出来る事があったかもしれない。その後悔が今も私を度々襲って来ます。
そんな時知った『介護美容』というお仕事。
美容ケアでその人らしさを引き出すお仕事というのは、どれ程尊いものでしょうか。介護してきた身としては「これこそ、あの時欲しかった。あと一歩届かなかったケアが叶えられる」心からそう感じました。

介護美容で親孝行を
そこから介護美容研究所という専門学校に入り、介護美容について1年間みっちり学びました。あの時私がこの知識や技術を習得していたら、父も祖父も闘病生活の中に癒しや楽しみがあっただろうに、もっと思い出のシャッターを切っていただろうに。学びながら後悔の念や、たらればの色んな想いが溢れて来ました。
でも私は思ったのです。この無念の想いを、同じ想いをしている世の中の方に捧げようと。それがきっと2人への『最大の親孝行』だと。
今まだ元気な母や祖母には勿論の事、介護という現実に苦しんでいるご家族、介護させて申し訳ないと感じているご本人。色々経験して感じてきた私だからこそ、色んな立場の方の気持ちが汲み取れるのではないかと思っています。私が父や祖父に出来なかった『あと一歩届ける事が出来なかったケア』はここにある。介護美容というケアを通して最期まで自分らしく、最期までそのご家族らしく過ごして欲しい。そして『介護をしてきて辛かった』と感情に蓋をしてしまうのではなく『介護をしてきて最期まで一緒に過ごせて良かった』介護美容を通してそうポジティブに思える方が一人でも増えるよう、苦しいケアラーの皆さまにも美容ケアを届けていきたい、今はその想いでいっぱいです。そして写真を撮りたくなるほど、七色に輝いた沢山の思い出に溢れていて欲しい。私が介護美容で叶えたいのは、そんな『ご家族皆さまの、その後の人生も支えるケア』です。父と祖父の命を引き換えに、私は介護の大切さを知り、介護美容という『もう一つの介護の形』に出会う事が出来ました。
‥とても釣り合うものではありません。
でもそれを釣り合うように世に広めていく事・多くの方を介護美容で導く事が、私に課せられた使命ではないかと思っています。大きな大きな宿題。頑張ってこなしていく姿を、どうか天国で見守ってて欲しいですね。そして母と祖母と生きた証を沢山残したいと思います。
