ずっと介護と隣り合わせの生活を送っていた私は『最期まで自分らしくいることの大切さ』を目の当たりにしました。それを教えてくれたのは闘病生活を共にしてきた父です。今回は私の考える『自分らしさ、最期まで自分らしくいる事の大切さ』について深掘りしていきたいと思います。
ガンで闘病していた父
私の父は昭和22年3月27日生まれ。母とは16歳離れているので、今生きていたらもう78歳。立派なおじいちゃんですね!(父よごめんね‥)
自営業で焼き鳥屋さんを経営していました♩私と双子の姉も小学生の時からお店に行き、お店の隅で勉強していたのを今でも思い出します。
母より抜群にお料理上手な父!(母すまぬよ‥)家で手作りチャーシューや本格的なお料理を沢山作ってくれていました。飲食業なので夜はあんまり居なかったのですが、お休みの時は思いっきり遊んでくれました。ベランダでコーヒーを飲むのが趣味な小洒落たおじちゃんです。
そんな父は私が高校1年生の時に肺ガンを煩いました。私が生まれる前後にも胃ガンで手術していたので、肺ガンと聞いた時は『手術すればまたきっと治る』と信じていました。病気と上手く付き合いながら生活していたのも束の間、突然急変し闘病約1年であっという間に天国へ旅立ちました。享年64歳。高校生だった私は一番近くにいた大切な父の死に、すぐに受け止める事など到底出来ませんでした。
最後に過ごせた家族時間。そして救ってくれた父らしさ
夏でした。もう危ないと病院から連絡があり、母と姉と3人で夜中に病院に駆けつけました。息をするのも苦しそうな父。3人で必死に語りかけました。みんな涙を浮かべていたのでその時話していた内容はあんまり覚えていません。
でも唯一覚えている事が一つ。私達の会話に対して父が呼吸で返事をしてくれたのです。それが一瞬、本当に一瞬の一呼吸だけでしたが『昔の父』に戻った瞬間でもありました。
私達家族の中での父らしさは『おちゃらけ』です。難しい話は嫌いで楽しい事大好き、そしておふざけも大好き♩一家のムードメーカー的存在だった父は苦しくて喋れない中、一呼吸だけ自分を表現してくれました。呼吸で自分を表現ってちょっと伝わりにくいかもしれませんが、呼吸と共に一瞬声を出すと言うのでしょうか。ニュアンスが皆さんに伝わると嬉しいです。
その一瞬で私達は笑ってしまいました。そしてそこから以前の4人家族に戻る事が出来、父のお陰で自然と最期の会話を交わす事が出来ました。
その次の日の朝、天国へ旅立ちました。勿論凄く辛く悲しかったです。私達を大切に、時に厳しく、時に優しく育ててくれた父。毎年沖縄にも連れて行ってくれました。立ち直るのも2年以上はかかりましたし、今も思い出すと涙が溢れてきます。でもその父らしさ溢れた『おちゃらけの呼吸』のお陰で一瞬4人家族に戻れた事、凄く凄く生きる糧になっています。あれは残された私達が寂しくないように、最後のプレゼントだったのではないかなと感じています。
‥‥まあそこまで考える程頭が良いタイプでは無かったんですけどね。たまたまだとしても、何にも変える事の出来ない素敵な物を残してくれてありがとう♪


避けられない最期を迎える時
人は誰しも必ず歳を取りいつか最期の時を迎えます。それはもうこの世に生ある限り、自然の摂理ですよね。
その限られた人生をいかに自分らしく生きていくか。若いうちは『自分の人生、やりたい事全てやり切ってやるんだ!』と希望と活力に満ち溢れ、皆さん前に前に進んでいくと思います。私も勿論そうです。ただどうしても避ける事が出来ないのが『病気や加齢に伴う身体機能・認知機能の低下』日本は勿論、世界的に医療が発展しどんどん新薬が開発されています。不治の病と言われてきた病気も『薬一つで治る病気』になる未来はそう遠くないのではないでしょうか。
そうすると平均寿命が伸びますよね。言い換えると『病気が治って生きる事が出来る時代に変わりつつある』そうです、これが今の日本の抱える問題『超少子高齢化社会』です。医療の進歩に加え、団塊の世代が後期高齢者となってきています。ではこの超少子高齢化社会の日本において今何が凄く重要視されているか。それは『最期の瞬間まで自分らしく生きる事』だと私は思います。
自分らしさが問われる時代
上述でもお話したように、私は父のお陰で『辛い最期』を『思い出溢れた最期』にする事が出来ました。それは家族を救っただけではなく、おそらく父自身も救われたのではないでしょうか。自分らしく生きて最期を迎える事は本人のみならず残された家族にとっても凄く重要だと私は考えます。では『自分らしさ』とは何でしょう?皆さん何だと思いますか??
私は『自分らしさ=その人が生きてきた生活そのもの』だと思います。簡単に言うと趣味や習慣ですね。好きな趣味や習慣が積み重なって生活の一部となり、その人の人となりを作っていくのではないかと私は考えます。
しかし病気や加齢と共に出来ない事が増えていくと自ずと『自分らしさ』は遠ざかって行く。これまで普通に送っていた生活そのものが送れなくなっていくからです。きっとその喪失感は本人もですし家族も計り知れないものだと思います。

介護美容でほんの少しの勇気を
ではどうすれば、ご本人もご家族も納得のいく人生を全うする事が出来るのか。それはどんなに小さな事でも『その方らしいいつもの生活を守っていく事』ではないでしょうか。そして尊厳を守った生活を送る為には、今の高齢者の歩んで来た時代背景をしっかり捉え、私達世代の理解と協力が必要不可欠だと考えます。
ただ生活の全てを支援するのではなく、大切なのは『その人らしさを引き出す支援』私はそのツールとして『介護美容』という美容・整容ケアを提供していきたいと思い活動しています。本当は歳を重ねても清潔感を保ち、お化粧や趣味・好きな事をして自分らしくありたい。皆さん頭の片隅にきっとこういう思いがあると思います。
介護美容でメイクやネイル・爪をピカピカに磨くだけでも、ほんの少し自信に繋がり、ほんの少し意欲が向上し、ほんの少し生きがいを見つけるきっかけになるのではないかと考えます。その積み重ねによって『いつもの自分らしい生活』が保たれていくのではないでしょうか。私達もそうですよね。小さな積み重ねの連続で人生は成り立っています。
ほんの少し背中を押し、日々の生活に勇気と活力を提供していく事が『介護美容家の役割』だと私は思います。人生100年時代、100歳になっても最期の瞬間まで自分という人間であり続ける事が、少子高齢化の日本全体を明るくする事にも直結していく筈です。

日々大切な方を守っているご家族さま、介護・医療従事者の皆さま、いつも本当にありがとうございます。私も父から教わった『自分らしさ』を大切にし介護美容を通して、日本の宝である高齢者を一緒に守っていきたいと思います。

大切な事をたくさん教えてくれてありがとう、パパ。天国で応援しててね!!