じいちゃんプロフィール
八木哲史（ヤギサトシ）69歳。1956年（昭和31年）愛知県津島市で生まれる。20歳のとき、就職を機に静岡へと移り住む。長年の会社勤めを経て、定年後にたどり着いたのは“作る喜び”と“人とつながる暮らし”。空き家を活用した住まいのサブスクサービス「ADDress」で、自らDIYした拠点「用宗A邸」を運営し、全国から訪れる旅人たちを迎えてきた。そんな夢の基地にて、少年のように話をしてくれた。
誠実に生きてきた60年
「僕の人生に、特別なことは何もない。60歳まで“普通に生きてきた”だけだよ。」
そう言って、笑いながら話し始めてくれました。最初の勤め先は、株式会社タイトー。当時は、モーターを3つ付けただけのラジコンを、“ロボット”と呼んでいた時代。「おもちゃ屋の仕事みたいだ。」と周囲に笑われながらも、八木さんは楽しんでいました。そんな職場も、入社から2年後に”インベーダーゲーム”が大ヒット作に。ただ忙しいだけの毎日になり、10年間勤め上げた後、転職を決意しました。2社目は、親の繋がりで、保険会社へ。配属先は、交通事故の“示談交渉”を担当する部署。
「ケガをした人と、保険会社のあいだに立つ。信じるか疑うかの連続ですよ。だからこそ、人を見る目が養われたかな。」大変な仕事だったと振り返ります。この仕事を30年間、真摯に続けました。仕事は苦しくても、職場にはハイレベルな人が多くて、人間的にもすごくいい人ばかりだったそうです。「 ただ、ちょっと堅い世界だったかな。自分は少し浮いてたかもしれませんね。」
それでも、誰かのために動き、地道に積み上げた60年。八木さんの言う“普通の人生”は、誠実そのものでした。
初めて知った“つくる喜び”
60歳で定年退職。「もういいだろう。」と思いながらも、家でじっとしていられなかったと言います。そんな折、息子が大阪で古民家を購入し、「シェアハウスにするから手伝って」と声をかけられました。「ノコギリなんて握ったことなかったけど、手伝ってみたら楽しくてね。」ペンキを塗り、壁紙を貼り替え、古い家が生まれ変わっていく。その過程で、“ものをつくる喜び”を知りました。
「こんな汚い家が、こんなにきれいになるのか。手を動かすって、気持ちがいいんですよ。」その経験が人生の転機になりました。自分で何かを作ってみようと思い立ち、退職金と借入を元手に中古物件を購入。リフォームを学びながら、次のステージへと踏み出しました。
購入したのは、静岡市の海沿いの町・用宗（もちむね）にある空き家。ちょうどその頃、「空き家を活用した定額制の多拠点居住サービス・ADDress」を知りました。「これなら、人が集まってくる。ここを拠点にすれば、面白い人と出会えるかもしれない。」そう思い用宗A邸の運営を始めると、次々と全国から旅人が訪れました。
壁には所狭しと旅人たちの夢が掲げられています。 自転車で日本を一周、日本でドローンショーを作る。」そして、エベレスト登頂を目指し、達成した西川さんの写真と色紙。「本気で生きてる人ばかりで、こっちが元気をもらうんですよ。 話を聞いてるだけで、“僕も何かやりたくなる”んです。」八木さんの家は、ただ泊まるだけの場所ではなく、“語る場”になっていました。
夢を語る場所に
5年間の運営を通じ、用宗の町も用宗A邸も少しずつ変わってきました。
カフェやクラフトビールの店が生まれ、地域の人々も外から来た若者と交わるように。「観光地じゃないけど、“ここが好きだ”って言ってくれる人が増えたんです。 それが何より嬉しかったですね。」ですが、サービスの拡大とともに利用者層も変化しました。
「昔みたいな“濃い出会い”は減ったかな。 でも、来てくれた人が町を褒めてくれる。それだけで報われます。」オーナー兼管理人として、八木さんは今日も家を磨き、人を迎えます。「壊れたところがあれば自分で直す。誰かが“いい場所だね”って言ってくれたら、それでいいんですよ。」
あとがき
「語れるような人生じゃないけど、面白いことはまだまだあるよ。」そう笑う八木さんの瞳は、69歳とは思えないほど澄んでいました。「福岡から静岡まで自転車で走ってみようかな。」感化され、私も挑戦したくなったのです。それを聞いて八木さんは、「いいね！やっちゃいなよ！」と嬉しそうに背中を押してくれました。この楽観的で無責任にも思える言葉が、多くの旅人の夢を叶えてきたのだと思います。
人生のすべてが“挑戦”に変わっていく。つくること。出会うこと。信じること。
それを続けている限り、人はいつまでも若くいられるのかもしれない。
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